公務員転職、行政職以外の2つのルート
公務員転職は行政職だけではありません。公立病院で臨床を続けながら公務員になる道、自治体の専門職として働く道まで、3つのルートを整理します。
公務員PTを辞める理由の中心にあるのは、給料や人間関係ではなく「公務員という働き方そのもの」です。副業禁止、意思決定の遅さ、年功序列、異動、専門性を追求しにくい環境。これらが自分に合うかどうかを見極めてから目指すことが、後悔しない選択につながります。
理学療法士の転職相談で、必ずと言っていいほど出てくる言葉がある。「公務員のPTって最強じゃないですか」。
たしかにそう見える。倒産しない。給料は年功序列で自動的に上がる。ボーナスも安定している。実際、当サイトでも「理学療法士から公務員へ」というテーマで行政職への転職と公立病院・自治体専門職という2つのルートを解説し、目指す価値のあるキャリアだと紹介してきた。
でも、あまり語られないことがある。公務員のPTになった後に、それを辞める人もいるという事実だ。
この記事では、公務員PTを目指す・目指さないの判断材料として、「なった後に辞める理由」を正面から扱う。目指している人にこそ読んでほしい内容になっている。
一般病院やクリニックのPTが転職を考える理由は、給料・人間関係・体力的な負担などが中心だ。しかし公務員PTの場合、辞める理由の中心にあるのは「公務員という働き方そのもの」であることが多い。
公務員は原則として副業が禁止されている。地方公務員法38条が定める「営利企業への従事等の制限」がその根拠で、任命権者の許可なく営利企業の役員を兼ねたり、自ら営利事業を営んだりすることができない。これは民間のPTにとっては当たり前ではない制約だ。
民間病院やクリニックで働くPTの中には、休日に自費リハビリの施術を行ったり、オンラインで運動指導をしたり、ライティングの仕事を請け負ったりする人が一定数いる。収入を複数持つという発想自体が、公務員には最初から選択肢にない。不動産賃貸のように「資産運用」に近い一部の副業は許可を得られる場合があるが、労働の対価として報酬を受け取る形の副業は、基本的に許可が下りにくい。
「収入を増やしたいなら、本業の中で頑張って昇給を待つしかない」。この構造に息苦しさを感じて辞める人がいる。
公務員組織は、良くも悪くも意思決定の階層が多い。リハビリの現場で「この機器を導入したい」「このやり方に変えたい」と思っても、決裁が下りるまでに時間がかかる。
民間のクリニックであれば、院長への提案から実行まで数日ということもある。公務員の場合、まず起案書(稟議書)を作成し、係長、課長、次長といった複数の決裁ラインを順に通していく必要がある。しかも物品購入を伴う提案は、単年度予算の仕組み上、その年度の予算に組み込まれていなければ、早くても翌年度の予算要求まで待たされることになる。「良いと分かっていることを、今年度中には実行できない」というもどかしさは、現場感覚の強い人ほど堪える。同じ提案が数か月から、時には年単位かかることも珍しくない。現場感覚とスピード感が合わず、フラストレーションを抱えて辞めるケースがある。
例えば、リハビリ用のマットや歩行練習用の機器を1台入れ替えたいだけでも、見積もりの取得、起案書の作成、複数部署への合議、予算査定という一連の流れを踏む必要がある。民間なら「必要だから買う」で済む話が、公務員では「なぜ今、この金額で、この機種が必要なのか」を書面で説明し尽くさなければ前に進まない。この手続きの重さ自体は、住民の税金を扱う組織として当然の仕組みでもあるのだが、現場でスピード感を求める人にとっては、日々の小さなストレスとして積み重なっていく。
公務員PTの給料は年功序列で確実に上がっていく。これは安定というメリットである一方、裏を返せば「頑張っても頑張らなくても、同じペースで上がる」という仕組みでもある。
人事評価制度自体は存在する自治体が多いが、その評価が号俸(給料の号数)や賞与に反映される幅は、民間企業の成果主義的な賞与と比べるとごくわずかにとどまることが一般的だ。単位数を人一倍こなしても、専門性の高い症例を数多く担当しても、給料への反映は基本的にない。成果が正当に評価されないことにモチベーションを失い、「それなら民間で自分の頑張りが数字に返ってくる場所のほうがいい」と考える人もいる。
自治体によっては、公務員PTであっても異動の対象になることがある。臨床現場から行政の窓口業務に配置転換されるケースもゼロではない。人事異動の内示は3月に出ることが多く、本人の希望とは関係なく決まる場合、拒否権はほぼないのが実情だ。
臨床を続けたくて公務員を選んだはずが、気づけば書類仕事が中心の部署に異動していた、という話は実際に耳にする。安定と引き換えに、自分でキャリアの方向をコントロールできない場面があることは、意外と知られていない。
公務員PTの配属先は、行政の都合で決まることが多い。急性期に強くなりたいと思っても、配属された公立病院が回復期中心であれば、そちらの経験を積むことになる。
民間病院やクリニックであれば、自分の関心に合わせて職場を選び直すことが比較的容易だ。しかし公務員として長く勤めるほど、「今さら異動を希望するのも角が立つ」「試験を受け直すのも現実的ではない」と身動きが取りにくくなっていく。認定理学療法士のような専門資格を取るための研修参加も、外部研修への出張扱いになるかどうかは所属先の予算・人員配置次第で、希望すれば自由に行けるとは限らない。専門性を突き詰めたいタイプのPTほど、この環境のミスマッチに苦しむ傾向がある。
これは辞めた人に話を聞く中で見えてきた傾向だが、「とにかく安定していそうだから」という漠然とした理由だけで公務員PTを目指した人ほど、入ってから違和感を覚えやすい。
逆に、「地域医療に携わりたい」「特定の自治体で長く働きたい」という明確な目的意識を持って公務員PTになった人は、副業ができないことや年功序列であることをそこまで苦にしない傾向がある。安定というメリットは、それを求めていた人にとっては確かなメリットだが、求めていなかった人にとっては単なる制約になる。
実際に公務員PTを辞めて民間やまったく別の業種に転職する場合、いくつか特有のハードルがある。
まず、退職までの流れが民間と大きく異なる。公務員は雇用保険の適用除外とされており、自己都合退職の場合でも雇用保険の求職者給付(いわゆる失業手当)は支給されない。その代わりに、勤続年数と退職事由に応じて自治体の退職手当条例に基づく退職手当が支給される仕組みになっているが、計算方法も支給のタイミングも雇用保険の給付とはまったく別物だ。次の仕事が決まるまでの空白期間を、民間病院からの転職以上にしっかり資金計画しておく必要がある。
次に、退職の申し出から実際に辞めるまでの期間が長くなりやすい。民間病院であれば1〜2か月前の申し出が一般的だが、公務員の場合は年度単位で人員配置が組まれているため、年度途中の退職は後任調整の都合で引き止められやすく、想定より時間がかかることがある。特に人事異動の内示が出る3月末のタイミングをまたぐ場合は、年明け早々には意思表示をしておかないと、次年度の配置にそのまま組み込まれてしまうこともある。転職活動と並行して進める場合は、この期間差を見込んでスケジュールを組んだほうがいい。
そして、面接で必ず聞かれるのが「なぜ安定した公務員を辞めるのか」という質問だ。ここで「大変だったから」というネガティブな理由だけを伝えると、採用側には「またすぐ辞めるのでは」という懸念を持たれやすい。「副業が禁止された環境で、収入を自分の努力で伸ばす経験ができなかった」「意思決定のスピード感がある環境で、提案したことをすぐ形にする経験を積みたい」というように、制約として感じていたことを、次の職場に求める条件へと前向きに変換して伝える準備が必要になる。この「退職理由の言い換え方」については、異業種転職の面接で「なぜ辞めたのか」にどう答えるかでも詳しく解説しているので、あわせて参考にしてほしい。
ここまで辞める理由を並べてきたが、誤解しないでほしいのは「公務員PTはやめたほうがいい」という話ではないということだ。
雇用の安定、手当の充実、定年までの見通しが立てやすいこと。これらは民間では得がたいメリットで、今も多くのPTが公務員を目指している。当サイトの過去記事でも紹介した通り、行政職・公立病院・自治体専門職という3つのルートにはそれぞれ違った魅力がある。
大事なのは、「安定していそうだから」という漠然としたイメージだけで決めないことだ。副業ができない働き方が自分に合うか。意思決定の遅さにストレスを感じるタイプか。年功序列の給与体系で満足できるか。この記事で挙げた6つの理由は、そのまま「公務員PTに向いている人・向いていない人」を判断する材料になる。
特に、②の公立病院ルートで公務員になる場合は、行政職に転職するわけではなく、あくまで臨床の仕事を続けながら身分だけが公務員になるという点も忘れないでほしい。ここで挙げた6つの理由のうち、副業禁止・年功序列・異動の可能性は②のルートでも共通して当てはまるが、意思決定の遅さについては、勤務先が臨床現場そのものであるぶん、行政職ほど極端ではないケースもある。どのルートで公務員になるかによって、当てはまる理由の重さも変わってくる。
公務員PTを目指すかどうかを考えている人に伝えたいのは、「目指している人の話」だけでなく「辞めた人の話」も聞いてから判断してほしいということだ。
求人サイトや転職エージェントの情報は、基本的に「公務員PTになるメリット」を中心に発信されている。それは間違った情報ではないが、片側だけの情報でもある。
実際に公務員PTとして働いた経験がある人、あるいは公務員PTから転職した経験がある人に話を聞く機会があれば、ぜひ両方の視点を集めてから決めてほしい。身近に話を聞ける相手がいない場合は、転職エージェントとの面談で、公務員から民間への転職事例を聞いてみるのも一つの方法だ。安定は魅力的だが、それが自分にとっての「働きやすさ」と一致するとは限らない。
自分の性格、働き方の好み、キャリアに求めるものを整理したうえで、公務員という選択肢を検討してみてほしい。
もう一つ、これから公務員PTを目指す人にも、すでになっている人にも伝えておきたいことがある。公務員PTとしての経験は、民間や異業種への転職市場で決して不利にはならない、ということだ。
むしろ評価されるポイントは多い。行政組織の中で意思決定の流れを理解して動いてきた経験は、企業でいう「社内調整力」に近いスキルとして伝えられる。「起案から決裁までの流れを理解し、必要な資料を事前に整えて合意形成をスムーズにした経験があります」というように、決裁を待つ間に他の業務を並行して進める段取り力、複数の部署とやり取りする調整力を具体的なエピソードで語れると説得力が増す。
また、地域住民や患者への説明責任を重視する公務員特有の文化は、コンプライアンス意識の高さとして評価されることもある。「安定を捨ててまで動いた」という決断そのものが、面接では前向きな行動力として伝わることも多い。
公務員という経歴は、決して「守りに入っていた人」というレッテルにはならない。伝え方次第で、むしろ強みとして扱える経歴だということを知っておいてほしい。
職務経歴書や面接で言葉にするときは、事実の説明と、そこから得た力を分けて書くと伝わりやすい。「公立病院に勤務し、地方公務員として勤務」だけで終わらせず、「複数部署との合議を要する意思決定プロセスの中で、必要な資料を事前に整え、合意形成をスムーズに進める経験を積んだ」というように、行動と成果をセットで言語化する。単に「公務員でした」と伝えるだけでは、採用担当者には「安定志向の人」という印象しか残らない。何を経験し、何ができるようになったのかまで踏み込んで伝えることが、公務員経験を強みに変える分かれ目になる。
A. 自治体単位の公式な離職率データは公表されていないため、正確な数字で答えることはできない。ただ、上に挙げた6つの理由はいずれも制度上の構造そのものに根ざしているため、「珍しいケース」ではなく、公務員という働き方が合わない人には一定数起こり得る話として捉えておくのが実態に近い。
A. 制度上は不可能ではない。ただし、公務員試験(専門試験)を改めて受け直す必要があり、年齢制限が設けられている自治体もある。退職金や年金の通算についても、再任用と新規採用とでは扱いが異なる場合があるため、戻る可能性を残しておきたい場合は、退職前に人事担当に確認しておくと安心だ。
A. 地方公務員法38条違反は懲戒処分の対象になり得る。処分の重さは事案の内容や自治体の運用によって幅があるが、「バレなければ大丈夫」という前提で動くのはリスクが高い。副業をしたい気持ちが強いなら、隠れて行うのではなく、収入源を複数持てる働き方そのものへの転職を検討したほうが、長期的にはリスクが小さい。
「公務員のPTは勝ち組」という言葉は、間違ってはいない。雇用の安定、手当の充実、年功序列による確実な昇給は、民間にはなかなかない魅力だ。
しかし、その安定と引き換えに、副業の自由、意思決定のスピード、専門性を追求する裁量、キャリアの主導権といったものを手放すことにもなる。どちらが正しいということではなく、自分が何を優先したいかによって、向き不向きが分かれるというだけの話だ。
これから公務員PTを目指す人は、「安定していそうだから」という理由だけで飛び込む前に、この記事で挙げた6つの理由を一度自分に当てはめて考えてみてほしい。すでに公務員PTとして働いていて違和感を抱えている人は、その違和感が「公務員という働き方そのもの」に起因しているのか、それとも「今の配属先」に起因しているのかを切り分けて考えることが、次の一歩を決めるヒントになるはずだ。
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